塾講師から見て素質のある生徒



家庭教師のチラシに下のような文章が載っていました。

スポーツで言えば、「私たちはどう頑張ってもイチローや石川遼にはなれない」ということです。
(中略)
足の速い・遅いがあるように、歌の上手い下手があるように、背の高い低いがあるように、算数の得意・不得意という素質の差は厳然とあります。

何という文章だ!

と思いましたが、
最後まで読むと、結局は「個人個人でそのときの状況に応じて勉強しよう」
という至極まっとうな文章でした(苦笑)

それを読んで、素質について考えてみました。

先日、前職の元同僚と話をしたときに、
「○○さんは桜蔭?」
「そう。○○さんのみ…」

その○○さんは、3年生のときに1年間見た生徒です。
当時から桜蔭に行けると思っていたわけです。
その子だけではなく、開成、麻布、聖光どのレベルかだいたい分かります。

理由は簡単です。
現小3グランプリ算数の原型と呼べるような教材を使っているからです。
その教材は、作業系中心なので、
それまでの先取り学習の影響をほとんど受けないのです。
つまり素質が丸見えになるわけです。
先行逃げ切り型で、最後失速して受験で上手くいかなかったというお子様は、
その教材では最初から苦戦します。

文系、理系もあまり関係ありません。自称文系でも算数の素質もあるわけですから。

では、その素質がないとトップ校に受からないのか?

素質がある→難関校に受かる
難関校に受かる→素質が必要

とはなりません。論理の授業みたいですが、
よく、逆も常に成り立つと勘違いしている人がいますが、
そうではありません。

難関校に受からない→素質がない
これ対偶でしたっけ?これは成り立ちます。

それから素質と一言で言いますが、例えば「お金持ち」といっしょで、
年収いくらからお金持ちというのか?
資産いくらからお金持ちというのか?

そんな基準はどこにもありません。

それと似たような例で、
前述で小3の○○さんの話を出しましたが、
私が小3の応用コース(選択制)を担当していて、
A先生が小3の普通のコース(必修)を担当し、
A先生は○○さんのことはできるとは思っていたらしいですが、
桜蔭レベルとまでは判断できなかったそうです。

なぜか?

私には「卓越した能力を見抜く力」が備わっているのか?

な訳はありません。
もうお分かりですね。
教材のレベルが違うからです。

やさしいものをやっていれば、
○○さん、□□さん、△△さんみんな出来る!

小3グラ算なら○○さんだけ出来る!

それだけのことです。
素質が「ある」、「ない」なんて
デジタル式に判断することは滑稽なことなのです。

筑駒悠々合格の素質、
開成ギリギリ合格の素質、
開成ギリギリ不合格で聖光合格の素質

素質と言ってもいろいろあるわけです。

そして、それはアナログ式なので、
ちょっと頑張ればトップまでは行けなくても何人も抜きますし、
ちょっとサボれば抜かれるわけです。

こんなことを書くと話がまとまりそうもないので、
最後にイメージをつくってもらって話をまとめたいと思います。

素質が50点満点、努力が50点満点
筑駒のボーダーが80点
開成のボーダーが70点
桜蔭のボーダーが70点

としておきます。あくまでもイメージを湧かすためですので、
これで気分を害しましてもクレームなどはなさらないで下さい。

先ほどの○○さんの素質は45点だったとします。
小3グラ算で半分くらいの出来ならば素質20点とします。
小3グラ算が半分以下なら素質20点未満です。
それに努力を加えたら、何点になるか?

こんな感じです。
いまうちの子の素質は何点だろう?
前述の通り、教材によってはそれが3年生くらいで十分に分かります。
普通の塾の教材なら分からないでしょう。
3年生でいま通われている塾でお聞きになると、
よほどのお子様ではない限り、
お世辞で「良い素質がある」と言われるでしょう。

素質を気にするよりも、
その後の努力点が素質と同じ配点だけある
と考えた方が絶対に良いと思います。

追記:素質についてもう少し触れておきたいことがありますので、
それはまた次回、執筆いたします。
素質っていったい何だろう?
もう素質なんてどうでもいいや!努力で勝負!
と思いたくなるお話になると思います。
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